国石大明神くにしだいみょうじん


 布自伎美神社に明治40年に合祀された門江神社の跡地が上東川津町門戸谷にあるということで、訪ねることにしました。

 「出雲国風土記註論」に、「『門江社』とされた『松江市東川津の門戸谷の国石大明神』は廃社となり、僅かに上東川津町の西光寺右横の道を上がった右の路地の右手に苔むした礎石などを残すのみであり、御神体は明治四十年に嵩山山頂の布自伎美神社に合祀されている。」とあり、上東川津町の西宗寺付近を訪ねました。「註論」の「西光寺」は「西宗寺」の誤植と思われます。
 西宗寺の横から、右手の路地を上がると、「註論」の写真にある「礎石」状の四角い石がありますが、これは中がくり抜かれた溜桝状のもので、礎石とは思えませんでした。近くの家で尋ねると、神社のことはわかりませんでしたが、「門戸谷というのは、この道の峠を越えた裏側の谷のことだ。」ということでした。
 峠を越えると谷が広がっていて、ここが門戸谷と思われます。谷へ下がったところの家で尋ねると、「そこの家の向こうの山に神社の跡がある。名前はわからないが、昔は布自伎美神社の祭りの時に、ここでも合わせて祀っていた。跡には何もないが、平たい場所が2段になっている。」とのことでした。「註論」が跡地とした場所は、間違いだと思われます。

 布自伎美神社に合祀されている門江神社について、「川津郷土誌」に「門江神社は、もと上川津の門戸谷にあり、藩政時代には、『出雲風土記抄』に『久仁志大明神』、『雲陽誌』に『国石明神』、『出雲神社巡拝記』に「国石大明神』と記し、・・・」とあります。

 風土記の門江社に比定されることもありますが、延喜式の記載順から下宇部尾町の横田神社が論社とされています。

 出雲風土記:
 主祭神:国常立命くにのとこたちのみこと
 境内社:
 所在地:松江市上東川津町門戸谷
 訪問日:2021年9月15日

西宗寺の横を上がる。右の路地を入る。四角い石の構造物がある。

峠を越え北側の谷へ下りる。家の前から山へ向かう。

山へ入る。斜面の上に平場がある。

灯籠の傘のようなものがある。一段高いところに平場がある。




松江の神社