佐久多神社 |
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宍道町上来待佐倉の大型農道脇に大きな石灯籠があり、石段を上がると山へ向かって参道が続いています。 「この『延喜式』が語る事実を無視することはできない。『佐久多神社』「同社坐韓国伊太氐神社』は明らかに野城・志保美などと並記されており、論社でいうならばB(※広瀬町嘉羅久利神社合祀佐久多神社)の説しかありえないであろう。(出雲国風土記註論) 「由緒 不詳。字佐久多に鎮座し、式内佐久多神社と伝える。中世では十羅刹女社とも称したという。地域では「じらしっつあん」と呼ばれている。相殿韓国伊太氐神社は式内同社座韓国伊太氐神社と伝える。明治維新時や1897年(明治30)ごろに旧名(佐久多神社)への復帰請願がなされたが、現広瀬町唐久利神社との社論があり、許可は下りず、旧来の日御碕神社を称した。1908年(明治41)本宮神社へ合祀。1927年(昭和2)、本宮神社の御旅所となり、1966年(昭和41)正遷宮。その後、1984年(昭和59)、佐久多神社として独立した。寛永21年(1644)佐久多大明神としての建立棟札、聖徳3年(1713)日御碕大神宮の修復棟札などが伝わる。(宍道町史) 古い地理院地形図には佐倉の集落の中に神社マークがありますが、これが合祀されている神戸神社のあった場所です。現地は竹やぶの中で、石灯籠の笠や火袋のような加工石があります。
出雲風土記:佐久多社
所在地:松江市宍道町上来待佐倉551 |
道路脇から石段がある。 | ||
鳥居脇の狛犬 | ||
鳥居から山へ向かって参道が続く。 | 石段を上がる。 | 石段上の狛犬 |
左には歳徳神がある。 | さらに石段を上がる。 | |
社殿 | 扁額 | |
寛政十二年の石灯籠 | 右側の神楽殿? | 左の境内 |
石灯籠と小祠 | 奥には荒神がある。 | 龍が祀られている。 |
境内の全景 |