大山代神社おおやましろじんじゃ


 国道9号と開星高校の間にあり、自動車学校の北側に接した丘陵にあります。境内にある、「大山神社」の社名碑は、以前この境内に社殿を並立していた「大山神社(大山祗命)」のもので、現在は同じ社殿に祀られています。

 山代日子命、往昔より西津田村の氏神なり。大山祗命は寛永年中国主松江直政勧請、・・・明治三十九年十一月十五日鷹日神社に合祀した。次いで昭和五十二年四月社殿建立宗教法人大山代神社となる。(神国島根)  雲陽誌に、「大山代神社 大山祗命なり、此社濱津田村の南山にあり、縁起なし故に勧請年暦知れず、寛永十九年造営梁牓あり」とあります。

 大山神社
 雲陽誌に、「権現宮 伯州大山の大智明神を勧請す、何時何人の爰にまつるやいまだしれず、社は南の山にあり」とあります。
 津田・古志原郷土誌に、「大山神社 この社は、西津田町権現西(松江市立第四中学校東方山地)に鎮座され、大山神社と称号されていた。・・・
 寛永年間、出雲の国主松平直政、この地に鳥取県西伯郡大山の大智明神社の祭神を勧請して、これを智明大権現と称号せり。爾来村民の崇敬するところとなる。・・・その後明治維新に際し、神号を大山祗命と改称され、明治三十九年十一月十五日の神社合祀令により大山代神社とともに、東津田鷹日神社に合祀されていたが、昭和三十六年十一月十五日、大山代神社境内に、大山代神社との社殿と並立して小社殿を建立し、ご神霊を奉迎したものである。
 昭和二十八年に建立された大山代神社の社殿は年月の経過とともに損傷著しく、昭和四十八年に屋根葺替えをするを機に、二社殿を統合、規模を拡大し、軸建より造営して、前記二社の祭神を同一の社殿に奉祀する議がおこり、昭和四十七年末、大山代神社造営委員会が結成され、新社殿を現在地に復元造営することとなった。

 出雲風土記:
 延喜式:
 主祭神:山代日子命やましろひこのみこと大山祗命おおやまつみのみこと
 合祀:
 境内社:

 所在地:松江市西津田5丁目13-30
 訪問日:2020年5月3日

北側から東側から一の鳥居

手水鉢

社務所二の鳥居鳥居前の昭和四十三年の狛犬

拝殿扁額

本殿右側の歳徳神歳徳神

小祠左の境内牛荒神

小祠社日碑社名碑と扁額

大山神社と刻まれている。本殿床下の小祠

境内の全景




松江の神社