本宮神社もとみやじんじゃ


 多太神社から北進し西へ分岐し、山の上部へ上ると、谷のすぐ下に民家が見えてきます。そこの斜面の畑の脇に、壊れた石祠の屋根のような石が祀られています。谷の下の家で尋ねると、「元は山の上にあり、近くの3軒で祀っていたが、地滑りで流れてきた。流れてきた場所が自分の畑の中だったので、自分のところで祀ることになった。その場所に新しく道路が通ることになり、今の場所に移して祀っている。」とのことでした。神社は明治7年に多太神社に合祀されています。
 山の上に本宮神社があったが、多太神社に合祀された後は、小さな石祠を荒神として祀っていた。その石祠が地滑りにより流され、その壊れた石祠を祀っている。ということのようです。本宮神社の跡地は、この谷の上部の山頂付近にあったと思われます。

 「多太神社 ・・・上岡の川島家(瀬平)の東北(※西北の間違い?)の山頂に『本宮=モトミヤ』という地名がある。・・・『本宮』という地名が聖地であったことを今に伝えていると思う。そしていつの時代かわからないが、祀りがしやすく地区民がお参りしやすい現在地に遷座されたものであろう。跡地には聖地を守るために本宮神社が建立され、地区民で厚くお守りされていたのではないか。その本宮神社も明治七年に多太神社に合祀され、跡地には荒神を祀り三島家川島家後藤家でお守りされていたが、いつのころか地滑りにより現在地(三島家の上方新道の上)にうつり今は三島家によりお守りされている。」(ふるさと秋鹿の地名と神々)

 「本宮権現 伊弉冊尊なり、社二尺に三尺巽向、」(雲陽誌)

 出雲風土記:
 主祭神:伊弉冊尊
 境内社:

 所在地:松江市岡本町下岡
 訪問日:2021年12月21日


斜面の畑を少し上がる。

壊れた石祠の屋根のようなものがある。お祀りがされている。谷の下に民家がある。





松江の神社