毛社神社 |
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東岩坂の国道432号と県道大東東出雲線の交差点のすぐ南東にある。参道は東の東岩坂川の土手道から続いている。 境内社の「笠柄神社」は明治期に境内社になったようですが、現在は元の安田地区に鎮座しています。 (八雲村の祭祀習俗)に旧社号は「豊田明神」とあります。 「創立年代不詳、式内社にあらねど出雲風土記所載の、毛社乃社にして、往昔現在地の西南約五町の所宝災寺山の山麓に在りたるを、永禄天正年間に兵火に依り旧記録、神宝社殿等烏有に帰す。・・・寛永年間現社地に移し中世豊大明神と称し」(神国島根) 「豊田明神 盤裂神をまつる、寛永十二年再興棟札あり、祭礼五月五日九月二九日なり、神寶弓三張あり、寄進しれず」(雲陽誌) 「『出雲風土記考證』には「東岩坂の豊田明神であって、国常立尊を祀るという」とある。『出雲国風土記参究』には、「「もみ」の意味はモミの木を神木とした名残で、「毛社」は誤写であろう」とある。また毛社(もこそ)の意味も、「こそ」が古代朝鮮語の「森」を意味するらしいが、両方を合わせてモミの森があったのではなかろうか。旧社地は西南に500m余の宝災寺山の山腹と伝えられている。」(出雲神社探訪) 「多くの写本が残す『毛社』とするべきであろう。」(出雲国風土記註論) 「字海正寺「笠柄神社」(大巳貴命)明治四十四年毛社神社境内末社となる。」、「安田『笠柄社』(合祀したが、地元に再建)」(八雲村誌)
出雲風土記:毛社乃社
所在地:松江市八雲町東岩坂352 |
東岩坂川の土手から参道が続く。 | 鳥居の脇に社名碑が立っている。 | |
手水舎の前に大きな石が置いてある。 | ||
手水舎 | 立派な随神門がある。 | 大小の狛犬が並んでいる。 |
拝殿 | 扁額 | |
本殿 | 右側からの本殿 | 境内社、木山神社(右)、穀木神社(左) |
比婆山神社 | 荒神 | 境内社 笠柄神社 |
笠柄神社の名前がある。 | 右側の境内社 稲荷神社 | 境内社 鷺神社 |
境内社 鹽竈神社 | 境内社 不明 | 荒神 |
歳徳神 | 神楽殿 | 境内全景 |