宇留布総荒神うるふそうこうじん


 八雲村誌に、「中世の三島神社は宇留布山(室山)中腹にあったと考えられ、現在『宇留布荒神』が祀られている左隣に、神社跡の石垣が残っている」とあり、資料の地籍図を頼りに室山の西側だろうと考え、確かめてみることにしました。

 平原室の民家の脇から山へ上がる径(鉄塔巡視路)があり、山へ入ったところで分岐するので右の坂道を上ります。坂道には石段が残っていて、昔からよく人が通ったことが伺われます。鉄塔を左上に見ながら、山径を上っていくと、前方に白い御幣が目に入り、宇留布総荒神と刻まれた石柱が立っています。この碑には、昭和5年12月建之とありました。
 この碑の手前左側のアオキが繁る藪の中に、宇留布神社(三島大明神)の跡があり、文字は消えていますが、標柱が立てられていました。神社跡については宇留布神社に載せています。

 所在地:松江市八雲町平原室
 訪問日:2021年4月11日

 荒神:中国地方の山村や、瀬戸内の島々、四国の北西部、九州北部には、樹木とか、大樹の下の塚を荒神と呼んで、同族の株内ごとにまた小集落ごとにこれを祀る例が多い。部落で祀るものは生活全般を守護する神として山麓に祀られることが多い。樹木の場合は、地主神、作神(さくがみ)であり、牛馬の安全を守るが、甚だ祟りやすいともいう。(ウィキペディア)
 
 出雲(島根県東部)から伯耆(鳥取県中西部)にかけて、荒神にその年の収穫を感謝する行事が濃密に分布しており、毎年収穫後の11月から12月を中心とする時期に行われます。巨大な藁蛇(わらへび)と大量の幣束(へいそく)を製作し、荒神を祀った樹木や石などに供えることを基調にしながら、多様な形態をもって伝承されています。(鳥取県)

民家の間を入る。分岐を右へ曲がる。石段の残る坂道を上がる。

左に鉄塔を見て、林内を進む。径の先に白い御幣が見える。

宇留布総荒神とある。荒神の手前、左の藪の中に神社跡がある。

神社跡の標柱




松江の神社