菅原天満宮すがはらてんまんぐう


 宍道町上来待菅原の県道脇に大きな鳥居と社名碑があり、長い参道が山へ向かって伸びています。

 天暦五年(紀元一六一一年)四月二十五日の創建と伝えられている。寛文三年(紀元二三二三)六月二十三日、松平直政造営、以後明治維新廃藩に至る迄松平家のご修覆所として信仰が篤かった。明治五年以後、菅原区民の氏神として経営今日に至る。
 御祭神道真公はこの菅原の地に御誕生、六才の時、母君と共に京に上り、父君菅原是善卿とご対面になったと伝えられる。菅野宮司宅庭の鼻繰神梅は、道真公の遊具(梅核)の芽生えたものと伝えられ梅核に孔が通っている。(神国島根)

 天暦五年は西暦951年、寛文3年は1663年です。

 道真公の父君菅原是善卿が出雲の国庁に御在任の折、菅原家の祖先野見宿祢の墓に参拝するためこの菅原の里をたずねられ、その時案内した乙女を気に入られて寵愛され、その間に生まれた御子が道真公であるといわれます。・・・道真公が左遷され、無念の死をとげられた後、公をお慕いしていた菅原の里人たちは、天暦五年(西暦九五一年)この地にお宮を建ててお祀りしていましたが、その後七百余年を経て、松江藩の松平直政公がご信仰篤く、寛文三年(西暦一六六三年)六月二十三日、東北の名木なる羅漢松を以て新しい社殿を造営されました。(現在の本殿はほぼ当時のものです。)(境内略誌)

 出雲風土記:
 延喜式:
 主祭神:菅原道真公すがはらみちざねこう
 境内社:金刀比羅宮、厳島神社、粟島神社、青床神社、龍宮社、社日神

 所在地:松江市宍道町上来待1801
 訪問日:2021年5月26日

一の鳥居社名碑

手水舎二の鳥居嘉永二年の石灯籠

境内左奥の参集所参道左右に牛の像がある。

石段上の境内石段上の狛犬

拝殿拝殿内の扁額

本殿社殿の全景右の境内

御符井戸左から青床神社、厳島神社、粟島神社御神札所

境内右から石段がある。野見宿禰の墓

県道を少し上がると宮司宅がある。家の前の鼻繰梅隣接して小祠がある。




松江の神社