五十田神社 |
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古志町下古志の農道から佐陀川の西の道路を北へ350mほど行くと、道路に面して鳥居があります。 雲陽誌には「磯田明神 経津主命、武甕槌神なり」とあります。 この社は、出雲国風土記に大井社、延喜式に大井神社と記された神社で、もとはこの地の東の佐太水海(現在は水田)の沖の大井の輪と言われる浜にあったが、洪水により社殿は西の丘麓の大井垣の輪に漂着し、大井神社と称し、後、更に現在地の磯田に移り磯田神社となったが、日本書紀に記されている大国主命との国譲りの際に武甕槌命・経津主命の両神が出雲の国の五十田狭の小汀に天降ったのは、ここなりとして両神を祀り、五十田神社と改称した。(古江公民館パンフレット) 風土記の大井社の論社としては、鹿島町名分の大井神社も挙げられています。「出雲国式社考」や「出雲風土記抄」では、現鹿島町名分にあるとしています。 出雲風土記:大井社 延喜式:大井神社 主祭神:武甕槌命、経津主命 境内社:下古志・惣荒神社、秋葉神社 所在地:松江市古志町下古志1118 訪問日:2021年2月28日 |
慶応の年が刻まれた石灯籠 | 拝殿 | |
扁額 | 本殿 | 右奥にある境内社 秋葉神社? |
荒神 横に半分埋まった石柱がある。 | ||
神楽殿 |